Monthly Archive: 5月 2015

ぐるぐる絵2

まえ、左脳右脳的なことを書いたけど、イコールじゃないかもだけど意識無意識としてみる。
ぐるぐる絵は、「意識的」に無意識で描いてみるってことをやってみたりする実験というか訓練というか遊びというかなのだが、
「ここにもっと足したほうがバランスいいんじゃないか」とつい考えて、もうその時点で無意識じゃないだろと思ったりする。

ところで、心理士の知人曰く、脳は隙間をふさいだ方が集中しやすく、勉強中にBGMを聞くほうがはかどるとのこと。
それはお坊さんの瞑想に使う数珠のようであり、歩行瞑想?の足の裏のようでもあり
思うに、その隙間の埋め方は、意識を使っているときは無意識で隙間を埋め、無意識の時は意識で埋めるという条件がありそう。
なぜなら、私のぐるぐる絵は、カフェで知らない人の会話をBGMがわりに聞いたり、YouTubeで本の朗読を聞きながら描いていたり、
絵を無意識で描いて、ことばを意識している。
一方、ことばが入ってくる例えば漫画みたいなものを描くときは人と話せないし、ラジオも聞けない。
ちなみに、おしゃべりしなくても、その場に知っている人がいるだけで気を取られてことばがあるのもは、描けない。絵は話しながら描けるのに・・・
学生時代教室で集中できなかったのは、きっと そのせいなのでは。
もし授業中、競馬の馬マスクをかぶっていたら、すごくお勉強ができたかも?

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ぐるぐる絵1

友人に、なんで会話しながら絵を描けるのかと言われた。

描きながら話すというのは、お絵かき系の人だったらふつうだと思うが、そうでなくても、長電話し終えて、手元にいつのまにやら描いた奇妙な落描きがあったことはありませんか。
電話というツールで、聴覚と左脳で言語を理解し発している間、ヒマな右脳は、同じくヒマな視覚(場所を移動しないから)を使い勝手に絵を描くのかな。

 ところで、私の仕事等で案を出すプロセスは、考えるのではなく元からあるところからアメをとってきて、それを口の中でコロコロ回すような行為だなと思っていた

そして、このアメを転がすというのは、もう少し上の方、左脳と右脳の連係プレーだなと思った。
左に渡すと、「もう少しここは他人にわかりやすいように」とか言ってくる。そして右に渡す。

右の作業を無理やり説明するとすれば、

ビスケットにチョコクリームをつけるようなことで
聴覚的に聞えるとしたらバチッバチッで
視覚的に見ればピカッピカッというような
それらのチョコクリームをさくっととってまた右に渡す。
チョコなんてたいして役に立ってないように聞こえそうだが、重要だ。
いくらでもチョコは出てくるし、最初にとってきたアメを渡された場所もそこだ。

そして、左右にアメをころがすのを何度か繰り返す。
時間の流れは左は10秒~だとすると
右は0.2秒くらい。
左の時間が少ないのは、元からあるので考える必要がないというか、そもそも考えるという概念じゃないような。

わたしは、ふだん理屈っぽいので左ばっかり使ってる気がしたので、右も意識的に使おうと思った。
で、意識的に左を使わず右で絵を描いてみたら、ものすごく気持ち悪い絵ができた。
やっぱり片っ方だけじゃだめだ。でも描いてて気持ち良いのはなぜだ。
電話落描画このジャンルの絵にに名前があるのだろうか。なければ、電話落描画と名付けよう。

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