Category: 日常

旅とは

最近は中国人の友人を水先案内人として在日一世コミュニティをだんだん知っていってる。

深く広く日本社会に根を張っているのを知った。池袋中華とか芝園団地とか、そういうレベルではない。

世界が多層構造だなと体感して急に世界が広くなる。
今まで常識だと思ってたことが、そうじゃなくなったり、考えてもみなかったものがあたりまえになったり、結局なんでもありがたくさん増えて自由になる気がする。

それはまさに旅行。たのしい。

ところで、中国の友人に中国の陰陽学の話を教えてもらった。

「いいことの向こうは災い、災いの向こうはいいこと、いいことであっても自惚れしすぎないよう、災い来るのを準備する。災いであっても諦めずに、乗り越えるように頑張る。」

とのことで

わたしの基本的考えに、悪いことも長い目で見たり違う視点から見たら良いことになったり、その逆もあるので、物事にいいも悪いもない。  
というのがあり

直線の上に交互に白と黒がでてくると捉えるのか

遠くから見ると、白と黒の交互のマダラは(スクリーントーン)同じ色に見えるのかは

ほぼ同じ

スタートや道のりは全く異なるけど、行き着いた先に重なる部分があったりするのが面白く、でもまだ軌道の途中。

どうであれ、最後には全員同じgoal(死)に向かって走る旅。それまでは、楽しもう味わおう。


縁起物、暇つぶし、列車でも食べるし、正月や結婚式で必須、食べるけど、食べ物ではない、ひとりで食べると瞑想になるものなーんだ

【縁起物、暇つぶし、列車でも食べるし、正月や、結婚式で必須、食べるけど食べ物ではない、ひとりだと瞑想になるものなーんだ】

中国でお祝いの時は、結婚式でもお正月でも、クリスマスでもひまわりの種が必須!と中国人の友人が言った。

ひまわりの種は、中国で列車の中で食べてたのを見たので、カジュアルなものと思っていた。

しかし、結婚式とは。

ひまわりの種を食べながらおしゃべりするらしい。要はひまつぶしと。

私「いや、でも今どきはスマホで暇つぶしなんじゃないの?」

中国の子「中国人は、片手でTikTokをスマホで見ながら、もう一方の手でひまわりの種を食べる。」

私「えっ、ひまわりの種、片手じゃ無理じゃない?」

中「中国人ならば、子どもの頃から食べているから、片手で食べる。右手でも左手でも食べられる。ただし55歳以上はその時代、そんな余裕もなかったから、食べられないかもしれない。あ、でも余裕のあったお金持ちならば食べれるかもしれないね。」

ひまわりの種は、庶民のものだと思ってた。お金持ちならば、アーモンドとかでもいいと思う。でも、やっぱりひまわりの種なんだな。

中「中国の老若男女みんなたべるし、日本における飴みたいなものかな」

私「いや、日本人みんな、そんな頻繁に飴は食べない」

中「じゃ、日本の柿の種みたいなものかなぁ」

私「いや、それもそんなにしょっちゅう食べないし、そもそも柿の種は日本では結婚式に出てこないよ。必須ということならば、クリスマスにおけるケーキみたいなもの?」

中「いや、クリスマスにケーキはなくてもいいけど、ひまわりの種は必須。インフラ」

私「インフラ⁈」

中「1人で食べる時は何も考えない。リラックスするために食べる。」

私「!? 瞑想みたいな?」

お坊さんが数珠を数えるような瞑想の効果が?繰り返しの動作ってリラックス効果あるよね。

中「でも、今の若い子はスマホがあるから食べなくなった。」

私「?!そこスマホと比べるの?食べ物じゃないの?」

中「食べ物と思ってない。お腹いっぱいにならないから」

私「じゃあ、タバコとかビンロウにちかいもの?」

中「違う、ビンロウは、女性や子供に向かないでしょ?」

ひまわりの種と近い概念をもってるものってあるだろうか。

少なくとも日本ではない。

よくわからない流れで、ひまわりの種の早食い競争することになった。

だけど、中国人は、両手使えるんでしょ?

負けが見えてる…

中「ひまわりの種の歴史や食べる理由や効果をさっと説明するよ」

ーーー

中国人がひまわりの種を食べはじめたのは明朝時代に遡る。

晩清時代に主に食べられていたのは西瓜の種やかぼちゃの種、そして民国時代からひまわりの種が多く食べられるようになった。

コミニケーションツールとしての発祥は、中国の北部と言われている。北部の冬は長く、娯楽もなく暇なため、食べながら会話するのが習慣になり、中国全土に広まっていった。

現在も、家にお客を招待するときに用意することも多い。安く手頃で、ひまわりの種とお茶でも出しておけばお酒のように酔うこともない。

食べるときに、パチンパチンと音がでているし、手と口が動いてるので、話が途切れて沈黙しても気まずくならない。

加えて、ひまわりはいつも太陽に向いており、中国では明るく積極的な意味合いがある。そしてひまわりは毛沢東時代のシンボルでもあった。

ーーー

私「沈黙気にするの!?」

中「1日何時間もおしゃべりするから、話題が途切れる場合がある」

私「いや、沈黙になっても良くない?」

ひまわりの種は聞けば聞くほど万能な気がするがなぜ世界に広まらないのだろう…。


神経過敏の人たちの利点

・クイズで答えを知らなくても出題者の声色で正解が分かる
・迷子の発信する気配で発見できる
・たけのこは生命力の気配で見つけられる(植物じゃなく動物に近い)
・旅先で相手がどのくらい値切りに応じるかわかる。
・ある種のゲームに強い(人狼ゲームやダウト)
・仕事ではさまざまな分野で換金性がある
(クライアントの反応見ながらその場でラフが出来るのであとは仕上げるだけ)
・無意識の情報量が多いのでその蓄積や世界からいろんなものを取り出すことができる(クリエイターには最適)

過剰分の感覚や感情ガードは割といろんな工夫やガジェットがある。
現代は環境や生き方を既存のものに合わせるのではなく環境や生き方のほうを自分にあわせてカスタマイズする材料が揃っている。

・店のBGMには耳栓
・飲み会は少人数個室を選ぶ
・夜寝る時は、電気製品で完全に真っ暗にならないから、アイマスクをする
・メガネは度を落とし色をつける
・視力よければ伊達メガネで色つき
・ノイズキャンセリングイヤホンもある
・映画館で映画を観なくてもAmazon primeに降りてくるのをまつ
・人里はなれて暮らさなくても、現代は鉄筋マンションに一人暮らしし、1人になる時間を多めに取る
・可能ならば1人でできる仕事
・人の感情はガードする呪文がある
・相手が言葉と感情を相反するメッセージを送ってきても言葉にしない感情は無視していいルールに従う
・森のそばに住み定期的に森に行く
・家のすべての蛍光灯を白熱灯にする
・「あ今、気にしてるんだな」と都度自覚する

3D映画は吐くし、カフェインは飲めないし、痛覚以外すべて斬られた感覚になってしまうから時代劇を観れないというと人生損してると言われそうだが、得る情報量多いと日常生活で他の人より濃く味わってるとも言える。

ただ外部からの情報は軽減できるが、
自分の頭の中の声は常に蜂のようにブンブン常にいろんなものが飛び回っているのはそれでは消せない。

そこで

瞑想が使える

環境が方法を作る
インドは色と音の洪水だから瞑想が発達したんだろうって思った。

気候が体を作るように
ヨーロッパのホテルが暗いのはヨーロピアンの薄い瞳が明かりを拾うから。あの暗い部屋で十分見えている。かつ、明るいと眩しいから。

授業はオンラインのが楽だったって子が割といるだろうなと。今後選べたらいいのにね。

過剰分は軽減することができるけどその逆はできない。